幸手市|特集コラム

日光街道の要衝から関東地方有数の桜の名所へ

「幸手」駅

水陸を結ぶ交通拠点として栄える

幸手市は埼玉県の北東部に位置し、面積は33.93平方km、人口は2023(令和5)年9月1日現在49,156人です。地形は低地が大部分を占め、最高地点の標高は15.9m、最低地点の標高は4.7mで標高差は11.2mとほぼ平坦になっています。
鎌倉・室町時代には古河公方の一色氏の陣屋があるなど、古くから地域の拠点として発展してきました。江戸時代に日光街道が整備されると幸手に宿場が設けられます。「幸手宿」では日光御成道と筑波道が分岐していたほか、権現堂川の舟運の河岸もあり、交通の拠点として栄えました。当時の「幸手宿」は城下町併設の宿場を除くと日光街道で3番目の規模を誇っていたといいます。

「権現堂桜堤」

約1kmの桜並木が続く「権現堂桜堤」

幸手市の北部にある権現堂堤は権現堂川の洪水を防ぐため、江戸時代から整備が続けられました。その後、幾度もの改修を繰り返され、現在の姿になっています。
1916(大正5)年に新たな観光名所創出と洪水予防の目的で桜の植樹が行われました。桜が成長すると「権現堂桜堤」として花見の名所になりました。現在の桜は1949(昭和24)年に植え替えられたもので、シーズンには多くの人が訪れ、幸手さくら祭りも開かれます。

幸手市の中心にある「幸手」駅からは東武日光線を利用できます。東京メトロ半蔵門線への直通電車もあり、「大手町」駅や「表参道」駅にもダイレクトアクセス可能です。
幸手市には国道4号、国道4号春日部古河バイパスが通るなど道路交通も充実しています。2015(平成27)年には圏央道「久喜白岡」JCTから「境古河」IC間が開通し、「幸手」ICも誕生しました。

幸手では古くから稲作が盛んに行われ、特産として生産されていた白目米は最も美味な米として将軍家に納められていたといいます。白目米は倒れやすく、収量が少ないため栽培されなくなっていましたが、1996(平成8)年に栽培が復活しました。現在も街おこしの一環として栽培が行われ、白目米を使った酒も生産されています。
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